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独自の理念を無印良品キャンプ場担当者に聞く
1995年の誕生以来、人気の高さで知られるのが無印良品キャンプ場だ。”感じ良いくらし”を提案する無印良品だけあって一般的なキャンプ場とは一線を画す。無印良品キャンプ場のほかにない理念について、前編に引き続き、キャンプ場事業をマネジメントしている担当の石川雅人さんに話を聞いた。
プロフィール:石川雅人さん/良品計画 広報
1970年生まれ。神奈川県出身 (株)良品計画キャンプ担当所属。無印良品キャンプ場の企画・開発・運営および各種アウトドアイベントの企画営業を主に担当している。シーズンを問わず津南、南乗鞍、嬬恋と3つのキャンプ場に出没中。
本来の自然を基に戻す努力
無印良品キャンプ場のユニークな視点は睡眠だけにとどまらない。自然や食と言った普遍的な要素も、石川さんたちはより深い考察を行なっている。
「3つのキャンプ場の自然環境を保全するためにスタッフはどうすればよいのか? をいまは考えています。ビジネスだけを考えれば、邪魔な木は伐根伐採して、よい風景を確保します。そうすれば眺めがいいしお客様は喜ぶでしょう。しかし、それが正しいのでしょうか」
石川さんは樹木の生えていることが、周囲の安全を守る要因であると考えている。きれいな風景を優先し、長い時間をかけて土に根を下ろした樹木を取り除けば、災害時の土砂崩れにつながることもあるに違いない。
「これは地権者だけの判断で行うよりも、地域の人たちや林業従事者、地域自治体に相談しながら正しい形で森を守る方向にしています」
また、群馬県のカンパーニャ嬬恋キャンプ場では、隣接するバラギ湖の水位が年々浅くなり、夏季に湖の水温が上昇しすぎるという問題も発生している。
「湖底に溜まった土を掘り出し、水を守りたい。現状ではまだできるかどうかわかりませんが、掘り出した土は数年かけて乾燥させ、周辺のキャベツ畑で使ってもらえたら理想的。現状の環境のままではバラギ湖のさまざまな生き物が減少してしまうかもしれません。ゲンゴロウも多分いなくなってしまっただろうし、トンボも開業時と比べると減ったように感じます。地域全体の自然が緩やかに劣化しているのです。どうにか昔の自然環境を取り戻したい」
本来の食とはなにかをキャンプ場で追求
キャンプではクローズアップされる食についても、石川さんはありきたりな考えでは行動していない。
「新潟の津南では食のプロジェクトへの取り組みを検討中です。無農薬も含め、まずは基本から考えてみたいと思います。たとえば、トマトは夏の野菜ですが、今は年中収穫できるのでついつい季節を意識する機会が失いがちです。現在はボイラーを使って、暖房の効いたビニールハウスで栽培する農法があります。商業的には一般的な手法だけれど、無印良品キャンプ場独自のエコな活動や農業も模索してみたいですね」
次いでお米についても石川さんの興味は尽きない。
「米は年々、おいしくなるための品種改良をしています。では、昔のままのコメは本当においしくないのでしょうか? いまは農作物が工業化しているような気がします。工業化されていないものを食べるにはどうすればよいのか? についても考えています」
人間の食への欲求で、本来の種を変えていくことの是非はともかく、自分たちの都合で品種改良をしているということ自体をきちんと認識しなくてはいけないのではないだろうか。そのために、現在の品種を古来の品種に戻し、ある意味であえて“劣化”させ、もともとの種を味わう、そんな体験もキャンプ場でできたらと計画をしているそうだ。
海外の情報も精力的に取り入れている石川さん
石川さんの取材の中で、興味深い一冊が説明に登場した。それが『食と未来のためのフィールドノート』(NTT出版)だ。著者のダン・バーバーは、アメリカのニューヨーク郊外にある農場直結のレストラン「ブルーヒル」のシェフ兼共同経営者。同レストランはミシュランの三つ星を獲得しており、オバマ元大統領夫妻やセレブたちも通う名店として知られる。
「ロックフェラー財団の資金で運営するストーンバーンズセンターでは、健康的でサスティナブルなフードシステムを研究しています。その中にブルーヒルというレストランがあります。この本はストーンバーンズセンターに希少な古代種のフリント種八列トウモロコシの穂軸が送られてきたところから始まります。その穂軸から栽培されたトウモロコシで作ったポレンタのあまりのおいしさをきっかけに、著者は食材探しに引き込まれることになります。そして、スペインで放し飼いされた(強制肥育しない)フォアグラ用のガチョウ、特別な環境で養殖されたおいしいボラなどに出会うのです」
ストーンバーンズセンターについて/補足説明
ストーンバーンズセンターは、1990年代にロックフェラー一族によって計画されたもので、食べ物と農法の実験的な研究を行う施設。健康的で持続可能なフードシステムを生み出すことを施設の目的に掲げている。レストラン、ブルーヒルはセンター内のほか、ニューヨーク市グリニッジヴィレッジにも店舗を構える。
http://story.stonebarnscenter.org/annual-report/
https://www.bluehillfarm.com/
キャンプ場で農法にも目を向ける
ダン・バーバーは10年の歳月をかけて世界中の農家や畜産家、漁場、育種家のもとを訪れた。『食と未来のためのフィールドノート』では現代のフードシステムの問題に向き合い、未来の食のあり方を追求していく様が紹介されている。
「モノの考え方が大量消費論でいまの状況になっています。本によると、著者は羊を自分たちで生産しています。牧草地の管理を含めると何年もの手間ひまをかけて育てていますが、3頭の子羊が、ブルーヒルではあっという間に消費されたことが書かれていました。
本の副題にある『第三の皿』は著者の考えるこれからの最高の料理のこと。彼は『第三の皿』のメインディッシュは肉ではなく、ニンジンステーキと書いています」
『食の未来のためのフィールドノート』には理想的な農法や畜産の模索、食に対する価値観の劇的な変化などが書かれている。
「毎回土地にあった輪作が見つかれば、雑草が生えません。何十年もかければその方法が見つかるはずです」
長い時間をかけて見つけられたはずの大昔の農法は食の工業化によって、忘れられている。過去の経験で得られた知識を忘れ去られたものにせず、キャンプのプロジェクトを通じて、未来のために蓄積しておきたいと石川さんは考えているそうだ。
「津南キャンプ場では3年前から米を作っています。キャンプ場を訪れる子どもたちにお米を食べてもらいたいと思って、2016年から小学生を対象にしたキャンププログラム『無印良品キッズサマーキャンプ』で提供しはじめました。なにかほかにも作れれば挑戦したいですね。現在は1年で4俵(1俵=60kg)とれます。もっともっと田んぼが増えれば、生産も安定するでしょう。
キャンプ場事業の中で、”自然とどのように共生していくのか?”がもっとも重要だと思います。なぜならキャンプ場での一番の商品は自然なのですからね。それぞれのキャンプ場がある大きな自然がいつまでも生き生きと正しい姿であり続けるために、いま何をするのかをいつも考えています。その答えが、私たちのキャンプ場事業の収益性を安定させるたったひとつの方法なのです」
防災とも向き合う無印良品
東日本大震災以降、キャンプ用品が防災の備えとして有効であることが強く認知されてきた。そうしたなか、無印良品キャンプ場では、これまでのキャンプ場運営で蓄積したノウハウや自社の製品を通じて防災意識を高めることを独自に提唱している。『いつものもしも』もそのひとつ。無印良品で販売している照明器具やレトルト食品、ペットボトル入り飲料など、ふだんから使っているものを、どうしたらもしものときに役立てることができるかなど、ホームページやワークショップで紹介中だ。
また、屋外でテントに宿泊する防災イベントもサポートしている。
「いま、災害時の訓練として都市部の団地でキャンプをするイベントを行っています。テントに泊まったことがない人もたくさんいますので、キャンプ場までわざわざ来てくれません。そこで、そんな方々の生活圏内でキャンプイベントを実施することでより多くの方々に参加していただけます。災害発生時はただでさえ精神的にまいっているのに、未経験のテントに泊まるとさらに不安感が増します。もし、事前にテント泊を経験しておければ安心につながるし、一枚、上着があったほうがいいといった小さなことにも気づけますから」
これはUR(独立行政法人都市再生機構)主催の「DANCHI Caravan」なるイベントで無印良品をはじめ、さまざまな企業がサポートを行っている。
詳細は特設サイトまで
「3.11が近づくとニュースも流れ、みんなが防災意識を高めます。つらい記憶を拒否したくもなりますが、DANCHI Caravanなら楽しみながら防災を学べます。消防士の実演もあり、地域の人が集まって行えるイベントです。
災害時は健康管理とコミュニケーションが大事
防災はテクニックもあるがまずは健康管理が大事。次にコミュニケーション。お隣や同じエリアの人とコミュニケーションが取れているかどうかで生き残れるかが変わります。イベントを通じて地域のコミュニケーションができて、お互いを気に掛ける環境づくりが普段からできてくる。これが防災には不可欠です」
キャンプ場を通して自然の本質を考えるきっかけを伝える
ひとくちにキャンプ場と言っても施設の運営だけではなく、より広い視野で人の暮らしを考えたり、提案したりしている無印良品キャンプ場の姿勢は非常に興味深い。現代は顧客の満足度をなによりも優先する考え方が当然のようになってしまった。しかし、よりよい暮らしとはなにか? いま必要とされるものは何か? そんな本質を考えるきっかけを無印良品はキャンプ場や外あそびを通じて伝えようとしているのだ。
「いままで、レンタルやアクティビティを増やしてきたが、これからについてはキャンプ場運営の芯になる部分は考え直さなくてはいけないのでは? と思案しています。我々の商品はあくまでも自然。そのなかで、いかに商品を良品に変えていくか? 人は衣食住が足りていても、それだけでは生きていけませんから、レジャーは必要です。キャンプをシンプルにすることから改めてスタートしたい」と石川さんは言う。
自分たちが時間を過ごすだけでなく、メッセージを受け取る場として無印良品キャンプ場を見れば、きっと新しい発見があるに違いない。
text:ビューティフルキャンピング
【PROFILE/ビューティフルキャンピング】
本業はメンズファッション誌、ファッション広告の編集・執筆。2011年春から、キャンプ空間をスタイリッシュに演出する楽しみ方「ビューティフルキャンピング」を広めようと活動中。
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