雨の日にどんな靴を履くのか
アウトドアで、日常生活で、ここ数年ずっと悩んでいるのが雨の日の靴問題。正直、ベストアンサーを見つけられていない。
長靴のようなレインブーツはたしかに防水性は抜群だが、雨の日以外は使いづらい。それにスニーカーに比べるとムレも気になるし、履き心地も快適とは言い難い。
革を使ったクラシカルなアウトドアブーツもかっこいいが、重くて足が疲れる。軽さで言えば、テック系のトレッキングシューズも候補に上がるが、ミッドカッドやハイカットというのは個人的にはふだんのコーデには合わせにくい。デザイン的にもアウトドア感が強くて、街ばきではちょっと浮いてしまう気もする。
となると、防水機能にこだわったスニーカーに行き着く。これなら、重くなく、ふだん着とも合わせやすく、履き心地も軽やかだ。雨だろうが晴れだろうが、年中履けるのもポイントが高い。
防水スニーカーとなると、その筆頭はゴアテックス素材が使われたスニーカーだろう。さまざまなブランドからさまざまなアイテムが出ている。だが、なぜか食指が伸びない。
完ぺきに個人的な好みの問題だが、ゴアテックのロゴが目立つものが多いように思う。さりげないデザインのものを見つけて、「お、これいいじゃん!」と思うと、高値だったり。
ブランド、デザイン、価格のバランスがちょうどいいものがないのだ。そんなわけでここ数年、防水性が高いスニーカーをずっと探している。
手持ちの靴が防水性能抜群だった!?
防水スニーカー難民だったわけだが、最近、意外な伏兵が現れたのだ。それがこちら。
イギリスのシューズブランド「WALSH(ウォルシュ)」のスニーカーだ。2年くらい前にセールで手に入れたものなのだが、雨の日用スニーカーとして購入したわけではなかった。
デザインが好みで衝動的に買ったので、特にモデル名まで気にしていなかったのだが、半年ほど前にたまたまこのスニーカーのモデル名を知ることとなった。「Ensign」というブランドの定番モデルで、筆者のものは「Ensign Ventile」というVentile(ベンタイル)という素材を採用したものだった。
そこで筆者はピンと来た。仕事柄、さまざまなアウトドア系ブランドの展示会に行く機会があるのだが、「ベンタイル」という素材は耳にしたことがあったのだ。
なんとなく買った靴は、実は防水性能にすぐれたスニーカーだったのである。
「ベンタイル(Ventile)」とは
ベンタイルとは、繊維長の長いコットン原糸を超極細に紡績し、織り機の密度を限界以上に上げて織った高密度の生地で、100%コットンの天然素材だ。
最高密度で織り上げることで、水の分子を通さないほど、糸と糸のすき間(繊維のすき間)が詰まっている。さらに、天然のコットン繊維には「水にぬれると膨らむ」という特徴があり、よりいっそうすき間が詰まり、防水性は増す。
天然素材由来の防水生地、それがベンタイルなのだ。
防水性能だけでなく、密度が高く、強風が吹いても繊維のすき間を抜けれないので、高い防風性能も特徴のひとつ。
そうなると気になるのがムレだが、ベンタイルは浸透性もしっかりあるので、内側の蒸気はしっかりと外に出せるようになっている。ムレて熱がこもりすぎる心配もない。
目が詰まったしっかりした生地なので、もちろん耐久性も高い。
つまり防水性、防風性、通気性、耐久性という4つの特徴を持った生地がベンタイルなのだ。
もともと英国空軍のための機能素材
ベンタイルは、1930年代後半から1940年代はじめにかけて、英国空軍のパイロットが着用するアウター用素材として開発された経緯を持っている。
第二次世界大戦では、海上での空中戦も多かった英国空軍。撃墜されたパイロットは海に落ちるわけだが、救助される前に軍服の中に海水が侵入し、そのあまりの冷たさに数分で命を落としてしまったそうだ。そこで、水を弾く生地の開発が進められ、ベンタイルが生まれたのだ。
これによって、海に落ちたパイロットの命は、数分から20分以上に伸びたとも言われている。ベンタイルは、もともとはミリタリー素材だったわけである。
「ベンタイル」の上質感のヒミツ
冒頭のほうでも書いたが、もともと防水性能を期待して購入したわけではなかった。テック系スニーカーが隆盛な時代に、朴訥(ぼくとつ)とした雰囲気のクラシカルなデザインにひかれたのが購入の決め手だった。
ベンタイルの機能的特徴については、すでに触れたが、クラシカルなスニーカーという雰囲気には生地の素材感も大いに影響しているだろう。
防水生地というと最近は人工素材が多く、どうしてもテックな印象が強くなる。しかし、ベンタイルは、コーティングやラミネートといった一般的な防水加工と異なり、コットン素材特有のナチュラルな風合いや肌触り、適度なツヤも魅力だろう。100%コットンならではの自然な上質感を演出してくれると感じる。
ちょっと脱線するが、高級シャツの代表的素材として知られているブロード生地は、80番手(番手とは糸の太さを表す単位)という超極細の最高級コットン原糸が使われている。細い糸をよりあわせて織られた生地は表面がきめ細かく滑らかになるため、心地よい肌触りやつややかな光沢が生まれる。
超高密度で織り上げるベンタイルは、ブロード生地の1.6倍もの量の糸が使われていると言われ、それがツヤにつながり、上質感を出している。
気になるところは価格帯
高密度に織るということは大量の糸を使うわけで、その糸は極細で長い希少な綿糸だ。つまり生産にも時間がかかり、大量生産は難しい素材でもある。そういう意味で、ベンタイルは高級生地でもあるのだ。
ベンタイルが使われたアイテムはウェアや帽子、バッグ、シューズなどさまざま展開されているが、価格はやや高め。これをどうとらえるのかは、その人の価値観次第だろう。生地のヒストリー、高い機能性、生地の生産体制を知れば、ある意味、納得がいく部分もある。
また、防水性能という点では、正直、ゴアテックス素材を使った靴には負ける。ベンタイル生地が使われているところは水は弾くが、シュータンのすき間や縫い糸の穴からしみてくることはあるし、長時間、水に当たり続けるとしみてくることもある。さすがに完全防水とまではいかない。
そのためか、WALSHのホームページなどでも防水性能を売りにしているわけではない。
ただ、半年使ってみたが、街生活での雨くらいであれば何も問題はない。よほどの大雨ではなければ、水がしみてきて靴下が濡れて気持ち悪いといったことはなかった。ふだん使いの雨の日対応スニーカーとしては十分な防水性能だと感じた。
日常的にはけて、雨の日にもちょうどよいスニーカー
「WALSH」はもとはランニングシューズなど、本格的なアスリート向けのアイテムを作っていた老舗ブランドだ。ビブラム社のアウトソール、かかと安定のためのヒールカップ、衝撃吸収のEVAミッドソールを採用するなど、スニーカーとしての基本性能もかなり高い。
そして、WALSHはいまでも”メイド イン イングランド”にこだわっていて、イギリスブランドらしい上品なデザインも特徴。そもそもデザインにひかれて買ったわけだが、プレーンな見た目なので、どんなコーディネートにも合わせられる。
たまたま入手したスニーカーだったが、素材を知ったところ、防水性が高いことが判明。それからは、雨の日シューズとしてもたいへん重宝している。
デザインもシンプルで、スニーカーの基本性能もよく、防水性、耐久性もある。街でもアウトドアフィールドでもガシガシ履けるスニーカーとして、本当にちょうどよいアイテムだと思う。望外の機能性を知り、ますます好きになった。
ベンタイルが一般に知られていないのは、あまり量産できないからだが、この希少性も個人的にはツボだ。ブランドも含めてだが、他人とかぶらないどころか、「それどこのですか?」と聞かれることもしばしば。
ベンタイルのタフな機能性を含めて、オススメできるポイントが多いスニーカーと言える。防水性が高い靴をお探しであれば、ゴアテックスといった人工素材が注目されているが、ベンタイルを使ったスニーカーもぜひ候補に入れてリサーチしてみてはいかがだろうか。
text:tokoro
【PROFILE/tokoro】
茨城県東海村出身の35歳。インテリア雑誌、週刊誌、書籍、ムックの編集を経て、2019年からcazual編集長。9年前の朝霧ジャムに行って以来、アウトドアにハマる。テントはMSRのエリクサー3、タープはZEROGRAM。基本の装備は「軽くコンパクトに、とにかく身軽」が信条。大の靴好きで、ECサイトでスニーカーを物色するのが趣味。