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福井県大野市で『ホオズキ舎』という事務所を立ち上げ、デザイナー、映像作家として活動する「ホオズキ舎」長谷川和俊さん(33歳)。大野市で生まれ育ち、その後、福井市、カナダ、アメリカで生活した後に大野に戻ってきたUターン組だ。
郊外の拠点では食をテーマに活動したい
ふるさと大野市のために何かしたいと、大野での田舎暮らしをフィーチャーしたフリーペーパー『STOCK』や、コミュニティスペース『SONOU』の運営をしている。
「1日のスケジュールは、9時くらいに動き出して、何もなければ事務所に行きます。でもけっこう取材や撮影が多いので、いろんなところで動いています。大野に限らず、地域のPR映像や企業のPV、音楽のアーティストのミュージックビデオとか。クライアントはさまざまですね。映像の仕事は大野市にはあまりなくて、インターネットで過去の映像を見てもらって、問い合わせが来るケースが多いです」
フリーペーパー『STOCK』では昔ながらのライフスタイルや習慣が垣間見られる大野市のなかでも郊外の暮らしにスポットを当てている。
「そういったものを発信していくにあたって、やはり自分も経験しないとダメだなって思って、畑も借りました。自給自足の暮らしにも憧れがあるんです」
郊外の暮らしをより深く知り、発信するために、市街地にある事務所やコミュニティスペース以外に、郊外に拠点を作っているという。
「大野市の蕨生(わらびょう)地区に仲間と空き家を1軒借りました。まずリノベーションをしてきれいにしてからですが、そこでは食をメインにした活動をしていこうと計画しています。畑で野菜を作ったり、地元の人たちと一緒に何かをしたいなと。街と郊外をリンクさせる拠点を目指しています。食をテーマとすると言っても、レストランを開くというより、イベントを通じて地元を巻き込んでいきたいと考えています。地元のおばあちゃんの野菜を使って、料理できる人を呼んでみんなで料理するとか」
一度、外に出て、いつか地元に還元するのが理想
長谷川さんは自身が生まれた土地に根づく伝統的な習慣や暮らしを面白いと感じ、デザインの力で再構成し、発信していきたいと考えている。しかし、普通の暮らしに着目する力、魅力に気づく視点はなかなか養えるものではない。
「やはり若いうちって、外に出たい思いが強いので、なかなか自分の足元って見られないと思います。いろいろな経験をしてから大野の良さに気づく。そういう意味では、若い人たちには一度、大野の外に出てもらって、いろいろな経験をしてから、逆にそれを地元に返そうという流れが理想なのかなと思う」
将来的なUターンを視野に入れた『大野へかえろう』プロジェクト
市のほうでも外に出た若者に対して、大野市の魅力を伝えるプロジェクトを行っている。それが『大野へかえろう』だ。このプロジェクトでは、市外へと巣立つ高校生たちに、世界に誇れる大野の魅力や大野で暮らす素敵な大人を紹介することで、いつか大野へ帰ってきてほしいというメッセージを伝えている。
現在の大野市の人口は約33,000人。1995年には40,245人だったので、ここ20年ほどで約7,000人が減少してしまっている。市の職員の方に聞いたところ、「大学を卒業する22歳くらいで8割程度が大野市に残っていると言われています。それが30歳になるころには約6割。この傾向は昭和50年代から続いています。とはいえ、大卒時に8割といっても住民票を移していないだけで、実際には住んで残っている人はもっと少なくなっていると思います」という話をしていた。
写真集を新成人に配布 地元に誇りや愛着を持ってもらいたい
この状況を打破すべく、『大野へかえろう』プロジェクトの一環として、2017年から成人式で新成人に対して写真集を配布するようになった。写真集には壮大な山々、冬の雪景色、家族の交流の様子、子ども達が遊ぶ姿など、大野市で繰り広げられる日常風景が淡々と納められている。写真集を見て“大野の暮らしって素敵だな”と、新成人たちにあらためて感じてもらう狙いがある。
そして大野を出て行った若者たちが将来、就職や結婚、出産、定年退職、家を建てるといった人生の節目のときに、大野に帰ろうかなと、そういう選択肢の1つに入れてもらいたいとも願っている。成人式という人生の節目で、大野の魅力に気づき、地元に誇りを持ってもらいたいのだ。
>>写真集は『大野へかえろう』HP内の特設ページでも公開されている
やみくもに移住者を募るのではなく、インナーブランディングをして、いつか戻って来てもらえるように街の人たちに大野の魅力を再発見してもらう取り組みだ。長い年月で見ればUターン移住の促進施策と言えるのかもしれない。
そして何を隠そう、この写真集を撮影したのが長谷川さんなのだ。個人としての取り組みだけでなく、市のプロジェクトにも関わって、大野市を盛り上げている。
受け入れてもらえる人のつながりは大野特有かも
さまざまな活動をしている長谷川さんだが反響はどう感じているのだろうか。
「各店に置かれていたフリーペーパーが減っていたり、コミュニティスペースにいろんな人が来てくれたりということで反応は実感はしていますけど、まだそこまでリアルに体感できていません。まぁ始まって間もないですから。
年配の方の中には、僕らに対して『いったい何をやっているんだろう?』と思っている人もいると思います。でも、『また次に何かやるなら声かけてよ』と言ってくれる人もいます。なんでしょうね。助けてあげたいって思ってくれているのかな。そういうのが根底にあるつながりのおかげで、何やってもいい。こんなふうに受け入れてもらえる人のつながりは、大野特有かもしれないですけどね」
移住で大事なのは仕事でなく、どういう生き方をするか
自身の経験や街の状況を踏まえて、長谷川さんに移住を検討している人へのアドバイスを聞いた。
「正直、移住後の仕事は難しいかもしれません。自分で何かを生み出せる人は大丈夫です。なので、まずはそういう人たちにアンテナを張って移住してもらって、そこで新しいものを生み出せれば、移住のモデルもいろいろ増えると思います。
お金の稼ぐ方法というよりは、いろいろな生き方あると思うので、そこを見てみるといいのかなと。ちょっとの小銭を持っていれば生きていけるって人、たくさんいると思いますし。仕事がないからって移住を断念するのではなくて、もっと広い視野で街を見て来てほしいなって思いますね」
大野市が都会と比べて、ここが面白いというところはどういうものがあるか教えてくれた。
「人との距離が近いので、コミュニティのつながりが深いこと。あとは、都会だと埋もれてしまうことも田舎だと響きます。誰もやっていないことがまだまだたくさんあるんです。だからといって都会のマネをするというわけではない。田舎でしかできないことがまだまだ発掘されてないという意味です。余白をどう楽しむかということだと思います。移住の余白はたくさんある。僕自身、新しい移住者から刺激をもらいたいなという思いもあります」
コミュニティの身近さは窮屈に感じる人もいる。そういったことは感じていないのだろうか。
「僕は感じていません。大野はその視線もあったかい。『なにやってんや?』という視線もあったかいんですよ。都会だとそういうのも冷たい感じがしますが、こっちは違います」
最後に、大野の自然の魅力を語ってくれた。
「冬はすごく雪が降るんですけど、雪で晴れた日は本当に景色がきれい。夕日もいい。夏は夏でめちゃくちゃ暑い。盆地なのでこもるんですよ。でも季節ごとに面白いので、僕はいつでも好きですけどね。それに荒島岳はめちゃくちゃ綺麗ですよ。大野は自然に近い。ナチュラリストにはもってこいだと思います」
【了】
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text:george
【PROFILE/george】
茨城県東海村出身の32歳。インテリア雑誌、週刊誌、書籍、ムックの編集を経て、現在Webディレクター。4年前の朝霧ジャムに行って以来、アウトドアにハマる。テントはMSRのエリクサー3、タープはZEROGRAM。車を持っていないので、キャンプに行くときは知人の車に相乗りが常。なので、基本の装備は「軽くコンパクトに、友人の負担にならないこと」が信条