まちづくり仕掛け人 街制作室株式会社・渋谷正明さんにインタビュー
まちづくりのコンセプトプロデュースに携わる街制作室株式会社の渋谷正明さんへのインタビュー。今回は、渋谷さんの今までの苦労話など、まちづくりの難しさについてお話を伺います(全2回の後編。前編を読む)。
渋谷さんは1973年札幌生まれ。建築事務所や再開発・都市計画コンサルタントを経て2007年に街制作室に入社。「人を幸せにする施設づくり」を目指し、開発から企画・設計までプロジェクトに全体的に携わっている、いわばまちづくりの仕掛け人です。
日本各地を飛び回り、新しい商業施設などのコンセプトをプロデュースしている渋谷さん。そんな渋谷さんには、大切にしている思いがあるといいます。
「観光だけでなく、地方の暮らしの魅力をいかにたくさん引き出せるかが大切だと思います。作った施設に住む人もいれば、飲む人も食べる人も、泊まる人もいていいんです。その場所をどのようにして使うかはそれぞれ。そのような場所を作ることで、自然とみんなが集まってくるはずです」
今回は、渋谷さんの施設づくりへのポリシーの原点となった経験談を伺いました。
まちづくりの起点は小さなスポットから
渋谷さんが施設づくりのプロデュースでこだわっていることのひとつに、「小さなものからスタートする」ということがあります。
「鹿児島中央駅前の空き地に期間限定で屋台村を作るという、『かごっまふるさと屋台村』がありました。期間限定の空き地から始まった小さなプロジェクトでしたが、市民権を得て再開発ビル内で再オープンすることになりました。高コストの施設でのオープンが叶ったのです」
さらに、インタビューの前編でうかがった「瀬長島ウミカジテラス」も、オーナーが2期、3期と投資を続けたことによって東急グループによるコンドミニアムホテルが建設される予定にまでなったのだとか。
スタートは小さな拠点から。こうしたまちづくりの考え方には「時代の変遷が影響している」と、渋谷さんはいいます。
「人口増など、成長しているときは大規模な都市計画のプロジェクトからスタートしても良かったのですが、今は人口減の時代。プレイヤーも変わりつつあると感じます」
「実際にこの場所で何ができるのか」という問いかけをスタート地点とし、エリアの持つポテンシャルに合わせた実現性の高い施設づくりを目標にすることが、現代では大切だといいます。
地域住民が働き続けられるまちづくりとは?
渋谷さんには忘れられないプロジェクトがあるといいます。それは数年前、函館で再開発ビルの建設に携わったときのことでした。渋谷さんたちは地域の方々による出店を望み、メインとなる大きな角の区画において、地元でコーヒー店を営む夫婦に出店をお願いしたのです。
「2畳ほどのロースターを持つようなコーヒー店でした。彼らに投資をして大きな区画でコーヒー店をやってもらおうとしました。開店してしばらくするとお客さんも入りだして市民権も得ていきましたが、3年後の施設更新のとき、彼らは更新をしなかったんです」
結局、夫婦が営むコーヒー店があった大きな区画には、その後、大手コーヒーチェーン店が入ったそうです。
「私たちが投資などをして、地域の方のお手伝いができるのはオープンまでなんです。施設の作り手の一方的な思いだけでは成り立たない、ということを経験したプロジェクトです」
ビルのオーナー側にとっても、大手のコーヒーチェーンがテナントに入ってくれれば安定的な契約が結べて安心であることは事実。しかし、地元の人たちが出店に積極的に参加できなければ、本質的な地域活性化にはつながらないと渋谷さんはいいます。
コミュニティ拠点づくりから人の輪が広がる
渋谷さんが最重要視している「小さなエリアからはじめること」は、地域住民の働く場所を創出するということをも意味します。そのようにしてまちづくりのプロデュースを続けていく中で、人が集まるようになるためのある定型を見出すことができたといいます。
「コミュニケーションがとれるベストな形が、コの字型の席カウンターなんです。8人で囲む小さなサイズ感が、店主もお客さんもちょうどいい距離感が保てます。これがコミュニティが作れる形のひとつの結論です」
こうした小さなサイズ感のお店が20店舗ほど集まれば、人々の中にそのエリアに対する愛着が生まれてくるのだといいます。お客さんが1軒目、2軒目、と複数のお店をはしごすることは、エリア内の経済的活性化にもつながります。
小さな店舗は、地域住民が出店しやすいというだけでなく、お客さんとコミュニティを形成する上で最適な空間でもあるというのです。
渋谷さんが手がける最新プロジェクトは起業促進拠点
渋谷さんが手がける最新プロジェクトは、7月にオープン予定の北海道の「旭川ハレテ」という施設です。これは起業促進施設で、オーナーはテレビコメンテーターとしてもお馴染みの杉村太蔵さん。旭川生まれの杉村さんが、地域のために何か貢献できないかと思い、スタートしたプロジェクトなのだそうです。
地域の人たちが起業しやすい環境を整え、仮に成功したらもっと大きなお店を開業するために町に出ていくという流れ。起業の夢をかなえるための足掛かりになる施設だそうです。
渋谷さんは「旭川ハレテ」は、地方都市ならではの就業課題に向き合った施設だといいます。
「地方の町は封建的な部分がまだ残っていて、若い女性が働くとなると限られた場所でしか働けないのが現状です。誰であっても、地域の人たちが仕事に対してチャレンジできるような場所が必要だと思うのです」
起業促進施設は旭川に続き、山口県の下関でも展開予定とのこと。働くことによって生活が成り立つ。仕事があるからこそ、その地域で暮らすことができる。こうした考え方がベースにあることで、結果的に移住先としても魅力的なエリアに成長すると渋谷さんはいいます。
地域住民が自由に働くことができるまちづくりが地域活性化へつながっていく
渋谷さんの話を聞き終えて、人が集まる町を作っていくために大切なことは「多種多様な働く場所を提供すること」だと感じました。
大規模なまちづくりは、景観も大幅に変わりますし、きれいな商業施設も作られれば話題性は抜群です。しかし、その地域で暮らす人々の「本当の生活」とはかけ離れたものになってしまうのが実情です。
渋谷さんも「プロジェクトが大きくなればなるほど市民から離れていってしまう」、「意思決定など、できたあとの関わりが薄くなる」といいます。
小さなもののほうが低コストで市民ニーズに近づけやすいというメリットがある。だからこそ、スタート時点ではその地域に見合った規模感で始めるべきだというのです。この町で暮らしたいと思ってもらうには、魅力的な「働く場所」が用意されていることが必要であると学ばせていただきました。
写真提供/1.2枚目:渋谷正明 アイキャッチ.3.4.5枚目:瀬長島ウミカジテラス
文/鈴木香里
【PROFILE/鈴木香里】
元テレビディレクター。現在は地方創生系、観光系の記事を中心に執筆するライターです。地域の魅力を発掘し、お伝えする記事を発信していきたいです。
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